<第2部:第14章 幼なじみの正体ばれる(4):アロン君がわたしの後ろに見ているもの> [片いなか・ハイスクール]
「片いなか・ハイスクール」連載第366回
<第2部:第14章 幼なじみの正体ばれる(4):アロン君がわたしの後ろに見ているもの>
ダーニャさんは意外なことにあっさりと場所を入れ替わる事を承諾した。それどころか元キャリーさんの担当だった所を描くだけでなく、キャリーさんがバスケットボールだけを描いて、その周りの景色まで手が回らないようなら、周りの景色は自分が描きたいという。もう描きたくて仕方ないって感じ。キャリーさんはその分バスケの再試合頑張ってだって。
美女さんのグループだから取っつきにくい人かと思ったけど、ツンとした美女さんとは雰囲気が全然違う人だった。そしてこの人も凄く自分の領域をしっかり持ってる。
わたしのダーニャさんへの好感度も少し上がった。
なかなか絵を描く時間を作ってくれなかったバスケ部だけど、リーダーと一緒にちまちまと先生方にプレッシャーかけて、やっとこ明日は早めに練習を切り上げて、夜に時間を作って貰える事になった。なかなか手間のかかる先生でしたね。
早目って何時なんですかって問い詰めて、日没前には絶対寮に帰ると口約束を得た。この季節、早くなってきたとはいえ日没は午後6時頃。この期に及んでそこまで引っ張られたのは失敗したな。理想はその日練習なしだったんだけど……。
その少ない時間でもキャリーさんが困らないよう、得意だというバスケットボールの絵だけ描けばいいようにしている。他の部員の人達はどうするんだろう。絶対まともな絵描けないと思う。
心配なのは、その約束の時間でさえも削られはしないかということ。練習本当に早めに切り上げてくれるかしら。練習の後の時間、本当に絵を描く時間に割り当ててくれるかしら。
バスケ部はこの強化練習の為に、分校が管理している臨時合宿所で共同生活していた。
わたしはバスケ部の顧問の先生を今ひとつ信用してなくて、様子を見に行く事にした。
バスケ部顧問の先生が約束した日、学校から戻ると、夜まで出掛けると家に告げて外出した。
「ちょっと探したい物があって、町の本屋まで行ってきます。少し遅くなるかもしれないです。お夕飯には間に合わないかも。その頃一度連絡するようにします」
お母さんは急に目を輝かせた。
「デートね! デートなのね! お泊まり? ゆ、許してもいいのよ?!」
「絶対違います! 少しは心配してください」
「だって、ずっと外に出られなかった人が、夜まで外出して帰らないなんて、凄い進歩なんだし。またお友達となんでしょ?」
「う……ん。まあそうです」
キャリーさんの様子見るんだものね。お友達といえなくもないよね。
バスケ部の練習が終わるのも日が暮れる頃。それまでまだ時間がある。実際本屋に寄るくらいのことしないと時間潰せない。
そいう事で本屋さんに行ってはみたけど、片いなかの本屋さんはろくな書物がなくて、基本的に取り寄せとなっていた。あまり見ないファッション雑誌をめくって、たまにはお洒落でも考えてみる。わたしの年頃のは丈の短いスカートばかりで、いつも健康的な生足を披露しているカーラさんやハウルさんが着てそうな服がズラリ。とてもじゃないけど参考にならなかった。
時間を潰したところで合宿所に向かった。結構距離があるので、30分は歩く事になる。それでも夕日を見ながらの長閑な里山風景は気分転換になった。
合宿所に着くと、門のところから中を見た。ワイワイガヤガヤと騒がしく、ちょうど練習から戻ってきたところのようだ。腹へったーとかいう声が聞こえる。3軍は食事準備手伝えだって。2軍じゃなくて3軍かぁ、厳しいなあ。そんな中でレギュラーを保ってるキャリーさんはもの凄い人なんですねぇ。
ふと聞いたことのあるエンジン音が聞こえてきた。懐かしさと共に真夏の日差しが頭に浮かぶ。わたしがエンジン音に懐かしさを覚えるなんて、自分でもどういう事?と不思議に思ったけど、音の方に振り向いて納得した。音のした方にはちょうどバイクが止まるのが見えた。背の高い濃い青のオフロード用バイク。見間違えることはない。夏の一時、沢山近くで見たんだもの。
わたしは急に心が弾んだ。ウキウキした。
そう、あれはアロン君のだ。
わたしは嬉しくなってしまった。
でも何でアロン君が合宿所に?
その答えもすぐ想像ついた。
こういう時、アロン君の考えはすごくわたしと一致する。きっと、同じように心配したんだ。
わたしは向きを変えると、少し歩調を早めてそこへ向かった。
「あれ?小泉」
わたしが彼のバイクの横に立った時、アロン君はちょうどヘルメットを脱いでいるところだった。
「こんばんは、アロン君。寮に届け物?」
最初凄く驚いたアロン君だけど、すぐににやっと笑った。
「たぶん、小泉と同じ用事だ」
わたしは思わず顔がほころんだ。
ほら、アロン君もわたしがここにいる訳を見抜いた。またわたし達、考えが一致しちゃった。
「様子見に来たんですか?」
「うん。バスケ部、帰ってきてる?」
「ええ。戻ってきて、これからお夕食みたいですね」
「絵描くのは晩飯後か。ちゃんとやるのかな」
「早く練習切り上げて帰ってきたんだから、どうやらちゃんとやりそうですね」
「飯の後は風呂とか、腹いっぱいで寝ちゃったりとかしないかなあ」
「ふふ。バスケ部も信用ないですね。絵描くまで見届けるつもりですか?」
「そうだね。描き始めるところこの目で見るまで安心できないや」
「じゃ、わたしも、お付き合いします」
アロン君はわたしの速答内容に、少し驚いたような顔をした。
「なんで? 小泉、暇なの?」
「ええ。アロン君と同じくらい暇ですから」
少しの間わたしの考えを計るように顔を見下ろしていたけど、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。
「じゃ、座って待ってるか」
そう言って寮の敷地の隅っこにあるベンチを指差す。
一緒にいていいんだ。わたしと暫く二人っきりって事だけど、いいんだ!
心臓が激しく脈打った。胸がきゅんきゅんして息ができなくなりそうだった。
木陰の暗がりにある木のベンチに、拳一個分の隙間を開けて座る二人。
わたしに勇気があれば、この隙間もなくして彼に寄り添いたい。こんな事だったら、座る時偶然を装ってアロン君にくっついて座ってみればよかった。でもわたしに興味がないなら、そんなことしたら嫌がられるだけかもしれない。アロン君の膝の上に座っちゃったりしたら、どんな反応するかな……
変なこと想像したら顔が発火しそうなほど熱くなった。
わたしが横でろくでもないこと考えている間も、アロン君は静かに宿舎の明かりを見ていた。目の悪いわたしには人影がいるくらいにしか分からないけど、目のいいアロン君なら何してるかまで見えているのかもしれない。
わたしはその横顔に話しかけた。こうしてアロン君に普通に話しかけられるようになった自分に、成長したなあって思う。
「アロン君も律義ですね。・・・カーラさんのためですか?」
「まあ、乗りかかった船だからね。小泉がここにいるのと同じ気持ちからだよ」
「わたしは本屋さんに行ったついでに足を伸ばしたんですけど。本当に描かせるつもりなら、もう帰ってないとなぁと思って」
アロン君は振り向いてわたしを覗きこんだ。
「本屋?そのついでにしちゃ、けっこう遠いぜ。そうまでしてわざわざ見にくるってことは、結局のところ小泉もバスケ部信用してないんじゃん」
わたしもアロン君も、カーラさんの為ではなく、自分の義務に従った考えがあって自主的に行動してるんだと、それも同じ心配をしてここにいるんだと再確認でき、わたしは顔が綻んだ。
「ほんとだ。アロン君とわたしは同じ気持ちでここにいるんですね」
アロン君が笑顔をこっちに向ける。わぁ……、抱きついてしまいたい……。
夕食が終わると、顧問の先生はその後の時間を約束通り絵を描く時間としたようだった。
キャリーさんがバスケットボールを持って外へ出てきて、地面に穴を掘るとボールの下の方を穴に埋め、ボールが野外音楽堂と同じ様な形になるようにしてスケッチを始めたのを見て、わたし達はやっと胸を撫で下ろした。
「もう大丈夫だね。引き上げようか」
キャリーさんが外に出てきたので、その時わたし達は木の下の一番暗いところに身を寄せ合って隠れて様子を窺っていた。
「う、動いたら見つかりませんか?」
「描き終わるまでこのまんまいるつもり?」
アロン君がすぐ上でわたしを見下ろした。わたしは不安と恥ずかしさの混じった顔でアロン君を見つめ返す。
「ゆっくり移動すれば見つかんないよ。離れないでついてきて」
離れないで?
い、いいんですか?
袖、掴んじゃいますよ……
体が触れるのも構わず、わたし達はそろりそろりと暗いところと死角になりそうなところを繋いで、合宿所の敷地から出ていった。
バイクの所まで戻ってきて、ようやくほーっと息をついた。
「見つからずに脱出できましたね」
「見つかんないって。暗がりにいればそうそう目につかないもんだよ」
「そうなんですか? ……今度暗がりには気を付けよう。誰か見てるかもしれない」
「何で? 見張られてるような心当たりありあんの?」
「……アロン君、妙に詳しいから。アロン君もしかしてよくやってるんでしょう」
「し、しないよ! もしかして俺が小泉を暗がりから見張ってるって思ってんの?」
「気付かないうちに見られてるかなあって……」
「何で俺が小泉を暗がりから見張るんだよ。それにそれって覗きじゃん」
かーっと顔が熱くなった。
の、覗きは、さすがに失礼でしたね。
「ご、ごめんなさい。覗きはさすがにないですね。それに、わたしみたいなの覗いてたって、面白くないですものね……」
「面白いかどうかはわかんねえけど……興味なくもない、かな?」
……え?
「その髪の毛、真っ直ぐになるんだったよな? ……前見たはずなのに、いまだに嘘みてぇ」
また顔が熱くなった。
わたしのくるくるしたくせっ毛は濡れるとくせが取れてまっすぐになる。そのことを知っているのは今の学校ではアロン君だけだ。見た目の印象が相当変わるので、それがアロン君の架空の幼馴染にして許嫁という役をやることになったんだ。今でもC組のみんなに、あれがわたしだったことは気付かれていない。
そんな一部分でも、曲がりなりにもわたしに興味もってくれてるってことに、嬉しさと恥ずかしさが込み上げて、また胸がきゅんきゅん締め付けられる。
だけど……
「か、髪が真っ直ぐになるときって……もしかして、お、お風呂入ってるとき? それって完全に覗きですよ?」
「え? あ、いや! 風呂は違うって! 純粋に濡れた時の髪の毛のこと言ったんだから!」
分かってます、分かってますよ。わたしの未発達な裸なんて、さすがに見たいとは思わないでしょうから。
下を向いてしばらく息を整えた。
ふう。
「すみませんでした」
「あ、ああ…」
ところで、と気分をもとに返して本来の話題に戻った。
「これでキャリーさんの分も揃いますね」
「よかった。これで会場に届けられそうだ」
一番の難関だった絵を描くことに目途がつき、絵が揃えばあとは飾るだけ。展示はアロン君がメインですることになってる。カーラさんも一安心でしょう。
「小泉、送っていくよ」
アロン君はバイクの後ろの座席をポンと叩いた。
え?また、乗っていいの?
なんという偶然。なぜかわたしは今日パンツスタイル。バイクに跨がれる格好をしている。
どうしちゃったんだろう。神様今日はなんのご褒美ですか?
「い、いいんですか?」
「いいよ。だって遠いじゃん」
「……夏の時みたいに?」
「あの時何度も乗ったから平気だろ?」
「へ、平気っていうか、だ、抱きつくように、なっちゃいますけど……」
「ああ、その方が怖くないんだっけ。別にいいけど」
顔が赤くなってるのが自分でも分かった。表情変わらないって言われてるけど、今はそれなりの顔になってると、思う。
「ありがとう。……ご好意に甘えます」
「じゃ、ヘルメット。はい」
ヘルメットを被り、顎紐を結んでもらうと、アロン君が支えている背の高いバイクによいしょと跨がる。目線が地面に立っているときよりも高い。この視線、懐かしい。
「し、失礼します」
そう言って、あの時やった架空の幼馴染みを思い出しつつ、そして幼馴染にかこつけて自分の想いを乗せてしまったあの時と同じように、腕をアロン君の胴に回し、体を寄せて密着した。
ああ、素敵。また抱きついちゃった。またこんなこと出来るなんて、夢みたい。
ヘルメット、じゃまだなあ。これ被ってると、頬擦りできないじゃないですか。
その時アロンには、ふわりと優しくまとわりつく腕と背中を覆う柔らかな感触に、夏のあの場面が脳裏に浮かんだ。
「え?! ユ、ユカリ?!」
いや、あの時は水着に上着を羽織ってるだけでもっと肌の接触が多かった。今の秋口の服装で同じように感じるはずがない。
でもアロンを背中から包み込む、心の中に入り込んでくるような想いの込められた感触は、あの時と重なった。
「え?! ユ、ユカリ?!」
ん? なんでわたしのお母さんの名前が出てくるの?
見上げると、アロン君がわたしの方を見て驚いたような表情をしていた。
ユカリ? あ、そっか。架空の幼馴染みの名前って、わたしがユカリって付けたんだっけ。
「わたし、裕美子です」
「ご、ごめん! な、なんか夏のあの時の感覚と被っちゃって……」
「架空の……幼馴染みとバイク乗った時の事?」
「ああ……。あれ、やっぱり小泉なんだな」
「ユカリが、よかったですか?」
「な、何言ってんだ」
アロン君は少し顔を赤くして言い淀んだ。わたしは少し心配になった。
アロン君は、嬉しいことにわたしの存在を意識してくれるようになったし、少し興味も持ってるみたい。だけどそれは、もしかして、あの夏にわたしが演技した架空の幼馴染み、ユカリに対してなんじゃないのかしら。アロン君は、わたしとユカリをだぶって見ているんじゃないのかしら。本当は架空の人に、興味を持ってるんじゃないの?……。
すっかり暗くなった片いなかの道をバイクで十数分。
あっという間にバイクはわたしのマンションの前に着いた。
「ここ?」
「はい。ここです」
「いいとこ住んでんな」
「そうですか?」
よいしょとバイクから降りる。ヘルメットを取って手渡した。
「ありがとうございます。おかげであっという間に帰り着きました」
合宿所から家まで、歩きだと1時間近くかかったかもしれない。
「どういたしまして。何階?」
アロン君はマンションを見上げながら質問した。
「5階です。……あそこが……お風呂場ですよ」
「な、なんで風呂場の場所教えるんだ?」
「場所わかったら覗くのかなっ? て。ユカリみたいのがいるかもしれないですよ?」
「それって髪が濡れた小泉のこと?」
「お母さんが正真正銘の由香里です」
「そ、そういやそうだったね」
わたしは首を傾げてやや上目遣いにアロン君を見上げた。
「……覗く? 暗闇に紛れて」
「だから覗かないって! だいたいあんな手すりもない垂直の壁にある窓にどうやって取りつくんだ?」
「無理ですか?」
「……屋上からロープ垂らして降りてくるとか? 見つかってすぐ捕まるよ」
「そう……。よかった。じゃあ覗かれる心配ないですね。安心してお風呂入れます」
「まったく……。ばれないようにしてくれよ」
「そうですね。二人の秘密ですものね」
すらすらと口から出た言葉に、後からわたしはとんでもないこと言ったと思って真っ赤になった。
二人の…………なんてこと言ってるんだわたしは!
なに恋人みたいなこと言ってるの?!
「小泉って……髪濡れたら性格変わるってことはないよな?」
「?。それって、ユカリみたいな性格に、ってことですか?」
「んなわけ、ね、ねーよな」
「……ないですね。あれは、演技ですよ」
「そ、そうだよな」
なんだか少し残念そうに見える。さっきの心配がまた蘇ってきた。
やっぱりアロン君が興味を抱いている人は、架空の幼馴染なんじゃないんの?わたしじゃなくて、わたしが演技した人に。
「ユカリが……好き、ですか?」
たまらず聞いてしまった。でももうその時のアロン君はさっきの残念そうにしていたのではなく、いつもの顔に戻っていた。
「実在しない人のこと想ってもなー」
そしてわたしを見る。
「あれ……ユカリの中の人の……こと?」
「!!」
な、なんてこと聞いてしまったんだ!
か、間接的にわたしのこと聞いたと思われるの、あたりまえだ!
「じょ、冗談はよしてください」
わたしは上目遣いで睨み返してしまった。うっとアロン君も思わず後ずさりしそうになる。
「お、お、お、送ってくれてありがとうございました。こ、これで失礼します」
恥ずかしくなったわたしは、ぺこっと大きくお辞儀をしてこの場を締め、マンションのエントランスへ足早に歩きだした。曲がり角でふと振り向くと、アロン君はまだこっちを見ていて、わたしが振り返ったのに気付くと軽く手を挙げた。わたしは足を止めることなく、でも体は脳みそから切り離されて自然に、彼に向けて小さく|微《かす》かに左右に揺れるように手を振った。
手を、振ってしまった!
ああっ!
もう小走りになってエレベーターに飛び乗った。
なに? もう、なんなの?!
好きで、好きでたまらない!
いけないのに。遠くから見てるだけにしなきゃいけないのに。深い仲になっちゃいけないのに。あんなに触れちゃ、いけなかったのに!
アロンも、誰もいなくなった玄関に向いたまま、ぼーっと突っ立っていた。
なんだろうか、この感覚は。
ユカリはいない。十分解っている。なのに、いないはずのユカリに期待しているかのようで……。
でも今さっき見たのは、あの無邪気に明るいユカリではない。
ユカリっぽさはほのかに残っているけど、もっと静かで大らかな時間の流れ。
今共にした空間・時間は何だったんだろう。
翌日。
学校に来たキャリーは、教室に入ると奥の自分の席には行かず、真っ先にカーラのところに行った。
肩に掛けているスポーツバッグのジッパーを開けると、筒状にした画用紙を出した。
「お待たせカーラ。遅れてごめん」
カーラは立ち上がってそれを受け取った。
「ありがとう! キャリーもご苦労様!」
カーラはその場で画用紙を広げた。
下が少し埋まったバスケットボール。とても丁寧に描いていた。そして得意というだけあってとても上手だった。
「わ、キャリー、上手いねえ」
「お世辞はよして」
「お世辞じゃないよ、影とかも付けて、本格的!」
一番後ろの席でその様子を見ていた裕美子も安堵した。そしてキャリーを気遣ったカーラにも感心した。
『やっぱりカーラさん、いい人だなぁ。全然嫌味のない素直な気持ちがストレートに出てきて』
裕美子の前の席のダーニャが立ち上がると、カーラとキャリーのところへ行った。
「描けた? おー、予想以上に描けてるぞ。それじゃ、周りわたし描き足しちゃっていい?」
「ごめんねダーニャ。あんたのところ奪っちゃって」
「そうだよっ。だから周りはわたしの思うがままだもんね」
ダーニャはすごい悪戯っ子な笑みをして、謝るキャリーに返答した。
「ダーニャ! キャリーの絵を潰しちゃったらだめだよ」
「いい、いい。ダーニャの好きにして」
「おまかせ~」
『ダーニャさんって、美女さんと全然雰囲気違う人だな。どうしてあの2人は仲良いんだろう』
何が気が合うのか分からないけど、ちょっときつくて近寄りがたいシャルロットとよく一緒にいるダーニャの一致点が見つけられない。
でもとにかくこれでC組の全員の作品が出揃った。後は最後の仕上げ、展示を残すのみ。
次回「第2部:第14章 幼なじみの正体ばれる(5):幼なじみの正体」へ続く!
前回のお話「第2部:第14章 幼なじみの正体ばれる(3):チャンスは2度もあげません」
対応する第1部のお話「第1部:第18章 校外展覧会絵画展(9):最後の1枚」
☆☆ 「片いなか・ハイスクール」目次 ☆☆
Copyright(c) 2009-2016 TSO All Rights Reserved
第1部の同シーン投稿から丸7年になります。
第1部の同シーンの裕美子ちゃん視点と、第1部でも書かれなかったアロン君の心の中でした。
あのときまさか裕美子ちゃんがこんなこと思いながらアロン君といたこと、第1部の短い文面からは想像出来ないですよね。
※片いなか・ハイスクール第2部は、第1部のエピソードを裏話なども交えながら本編のヒロイン裕美子の視点で振り返るものです。ぜひアロン目線の第1部のその部分と読み比べてみてください。「対応する第1部のお話」で飛ぶことができます。
ぽちっと応援してください。
<第2部:第14章 幼なじみの正体ばれる(4):アロン君がわたしの後ろに見ているもの>
ダーニャさんは意外なことにあっさりと場所を入れ替わる事を承諾した。それどころか元キャリーさんの担当だった所を描くだけでなく、キャリーさんがバスケットボールだけを描いて、その周りの景色まで手が回らないようなら、周りの景色は自分が描きたいという。もう描きたくて仕方ないって感じ。キャリーさんはその分バスケの再試合頑張ってだって。
美女さんのグループだから取っつきにくい人かと思ったけど、ツンとした美女さんとは雰囲気が全然違う人だった。そしてこの人も凄く自分の領域をしっかり持ってる。
わたしのダーニャさんへの好感度も少し上がった。
なかなか絵を描く時間を作ってくれなかったバスケ部だけど、リーダーと一緒にちまちまと先生方にプレッシャーかけて、やっとこ明日は早めに練習を切り上げて、夜に時間を作って貰える事になった。なかなか手間のかかる先生でしたね。
早目って何時なんですかって問い詰めて、日没前には絶対寮に帰ると口約束を得た。この季節、早くなってきたとはいえ日没は午後6時頃。この期に及んでそこまで引っ張られたのは失敗したな。理想はその日練習なしだったんだけど……。
その少ない時間でもキャリーさんが困らないよう、得意だというバスケットボールの絵だけ描けばいいようにしている。他の部員の人達はどうするんだろう。絶対まともな絵描けないと思う。
心配なのは、その約束の時間でさえも削られはしないかということ。練習本当に早めに切り上げてくれるかしら。練習の後の時間、本当に絵を描く時間に割り当ててくれるかしら。
バスケ部はこの強化練習の為に、分校が管理している臨時合宿所で共同生活していた。
わたしはバスケ部の顧問の先生を今ひとつ信用してなくて、様子を見に行く事にした。
バスケ部顧問の先生が約束した日、学校から戻ると、夜まで出掛けると家に告げて外出した。
「ちょっと探したい物があって、町の本屋まで行ってきます。少し遅くなるかもしれないです。お夕飯には間に合わないかも。その頃一度連絡するようにします」
お母さんは急に目を輝かせた。
「デートね! デートなのね! お泊まり? ゆ、許してもいいのよ?!」
「絶対違います! 少しは心配してください」
「だって、ずっと外に出られなかった人が、夜まで外出して帰らないなんて、凄い進歩なんだし。またお友達となんでしょ?」
「う……ん。まあそうです」
キャリーさんの様子見るんだものね。お友達といえなくもないよね。
バスケ部の練習が終わるのも日が暮れる頃。それまでまだ時間がある。実際本屋に寄るくらいのことしないと時間潰せない。
そいう事で本屋さんに行ってはみたけど、片いなかの本屋さんはろくな書物がなくて、基本的に取り寄せとなっていた。あまり見ないファッション雑誌をめくって、たまにはお洒落でも考えてみる。わたしの年頃のは丈の短いスカートばかりで、いつも健康的な生足を披露しているカーラさんやハウルさんが着てそうな服がズラリ。とてもじゃないけど参考にならなかった。
時間を潰したところで合宿所に向かった。結構距離があるので、30分は歩く事になる。それでも夕日を見ながらの長閑な里山風景は気分転換になった。
合宿所に着くと、門のところから中を見た。ワイワイガヤガヤと騒がしく、ちょうど練習から戻ってきたところのようだ。腹へったーとかいう声が聞こえる。3軍は食事準備手伝えだって。2軍じゃなくて3軍かぁ、厳しいなあ。そんな中でレギュラーを保ってるキャリーさんはもの凄い人なんですねぇ。
ふと聞いたことのあるエンジン音が聞こえてきた。懐かしさと共に真夏の日差しが頭に浮かぶ。わたしがエンジン音に懐かしさを覚えるなんて、自分でもどういう事?と不思議に思ったけど、音の方に振り向いて納得した。音のした方にはちょうどバイクが止まるのが見えた。背の高い濃い青のオフロード用バイク。見間違えることはない。夏の一時、沢山近くで見たんだもの。
わたしは急に心が弾んだ。ウキウキした。
そう、あれはアロン君のだ。
わたしは嬉しくなってしまった。
でも何でアロン君が合宿所に?
その答えもすぐ想像ついた。
こういう時、アロン君の考えはすごくわたしと一致する。きっと、同じように心配したんだ。
わたしは向きを変えると、少し歩調を早めてそこへ向かった。
「あれ?小泉」
わたしが彼のバイクの横に立った時、アロン君はちょうどヘルメットを脱いでいるところだった。
「こんばんは、アロン君。寮に届け物?」
最初凄く驚いたアロン君だけど、すぐににやっと笑った。
「たぶん、小泉と同じ用事だ」
わたしは思わず顔がほころんだ。
ほら、アロン君もわたしがここにいる訳を見抜いた。またわたし達、考えが一致しちゃった。
「様子見に来たんですか?」
「うん。バスケ部、帰ってきてる?」
「ええ。戻ってきて、これからお夕食みたいですね」
「絵描くのは晩飯後か。ちゃんとやるのかな」
「早く練習切り上げて帰ってきたんだから、どうやらちゃんとやりそうですね」
「飯の後は風呂とか、腹いっぱいで寝ちゃったりとかしないかなあ」
「ふふ。バスケ部も信用ないですね。絵描くまで見届けるつもりですか?」
「そうだね。描き始めるところこの目で見るまで安心できないや」
「じゃ、わたしも、お付き合いします」
アロン君はわたしの速答内容に、少し驚いたような顔をした。
「なんで? 小泉、暇なの?」
「ええ。アロン君と同じくらい暇ですから」
少しの間わたしの考えを計るように顔を見下ろしていたけど、ふっと肩の力を抜いて微笑んだ。
「じゃ、座って待ってるか」
そう言って寮の敷地の隅っこにあるベンチを指差す。
一緒にいていいんだ。わたしと暫く二人っきりって事だけど、いいんだ!
心臓が激しく脈打った。胸がきゅんきゅんして息ができなくなりそうだった。
木陰の暗がりにある木のベンチに、拳一個分の隙間を開けて座る二人。
わたしに勇気があれば、この隙間もなくして彼に寄り添いたい。こんな事だったら、座る時偶然を装ってアロン君にくっついて座ってみればよかった。でもわたしに興味がないなら、そんなことしたら嫌がられるだけかもしれない。アロン君の膝の上に座っちゃったりしたら、どんな反応するかな……
変なこと想像したら顔が発火しそうなほど熱くなった。
わたしが横でろくでもないこと考えている間も、アロン君は静かに宿舎の明かりを見ていた。目の悪いわたしには人影がいるくらいにしか分からないけど、目のいいアロン君なら何してるかまで見えているのかもしれない。
わたしはその横顔に話しかけた。こうしてアロン君に普通に話しかけられるようになった自分に、成長したなあって思う。
「アロン君も律義ですね。・・・カーラさんのためですか?」
「まあ、乗りかかった船だからね。小泉がここにいるのと同じ気持ちからだよ」
「わたしは本屋さんに行ったついでに足を伸ばしたんですけど。本当に描かせるつもりなら、もう帰ってないとなぁと思って」
アロン君は振り向いてわたしを覗きこんだ。
「本屋?そのついでにしちゃ、けっこう遠いぜ。そうまでしてわざわざ見にくるってことは、結局のところ小泉もバスケ部信用してないんじゃん」
わたしもアロン君も、カーラさんの為ではなく、自分の義務に従った考えがあって自主的に行動してるんだと、それも同じ心配をしてここにいるんだと再確認でき、わたしは顔が綻んだ。
「ほんとだ。アロン君とわたしは同じ気持ちでここにいるんですね」
アロン君が笑顔をこっちに向ける。わぁ……、抱きついてしまいたい……。
夕食が終わると、顧問の先生はその後の時間を約束通り絵を描く時間としたようだった。
キャリーさんがバスケットボールを持って外へ出てきて、地面に穴を掘るとボールの下の方を穴に埋め、ボールが野外音楽堂と同じ様な形になるようにしてスケッチを始めたのを見て、わたし達はやっと胸を撫で下ろした。
「もう大丈夫だね。引き上げようか」
キャリーさんが外に出てきたので、その時わたし達は木の下の一番暗いところに身を寄せ合って隠れて様子を窺っていた。
「う、動いたら見つかりませんか?」
「描き終わるまでこのまんまいるつもり?」
アロン君がすぐ上でわたしを見下ろした。わたしは不安と恥ずかしさの混じった顔でアロン君を見つめ返す。
「ゆっくり移動すれば見つかんないよ。離れないでついてきて」
離れないで?
い、いいんですか?
袖、掴んじゃいますよ……
体が触れるのも構わず、わたし達はそろりそろりと暗いところと死角になりそうなところを繋いで、合宿所の敷地から出ていった。
バイクの所まで戻ってきて、ようやくほーっと息をついた。
「見つからずに脱出できましたね」
「見つかんないって。暗がりにいればそうそう目につかないもんだよ」
「そうなんですか? ……今度暗がりには気を付けよう。誰か見てるかもしれない」
「何で? 見張られてるような心当たりありあんの?」
「……アロン君、妙に詳しいから。アロン君もしかしてよくやってるんでしょう」
「し、しないよ! もしかして俺が小泉を暗がりから見張ってるって思ってんの?」
「気付かないうちに見られてるかなあって……」
「何で俺が小泉を暗がりから見張るんだよ。それにそれって覗きじゃん」
かーっと顔が熱くなった。
の、覗きは、さすがに失礼でしたね。
「ご、ごめんなさい。覗きはさすがにないですね。それに、わたしみたいなの覗いてたって、面白くないですものね……」
「面白いかどうかはわかんねえけど……興味なくもない、かな?」
……え?
「その髪の毛、真っ直ぐになるんだったよな? ……前見たはずなのに、いまだに嘘みてぇ」
また顔が熱くなった。
わたしのくるくるしたくせっ毛は濡れるとくせが取れてまっすぐになる。そのことを知っているのは今の学校ではアロン君だけだ。見た目の印象が相当変わるので、それがアロン君の架空の幼馴染にして許嫁という役をやることになったんだ。今でもC組のみんなに、あれがわたしだったことは気付かれていない。
そんな一部分でも、曲がりなりにもわたしに興味もってくれてるってことに、嬉しさと恥ずかしさが込み上げて、また胸がきゅんきゅん締め付けられる。
だけど……
「か、髪が真っ直ぐになるときって……もしかして、お、お風呂入ってるとき? それって完全に覗きですよ?」
「え? あ、いや! 風呂は違うって! 純粋に濡れた時の髪の毛のこと言ったんだから!」
分かってます、分かってますよ。わたしの未発達な裸なんて、さすがに見たいとは思わないでしょうから。
下を向いてしばらく息を整えた。
ふう。
「すみませんでした」
「あ、ああ…」
ところで、と気分をもとに返して本来の話題に戻った。
「これでキャリーさんの分も揃いますね」
「よかった。これで会場に届けられそうだ」
一番の難関だった絵を描くことに目途がつき、絵が揃えばあとは飾るだけ。展示はアロン君がメインですることになってる。カーラさんも一安心でしょう。
「小泉、送っていくよ」
アロン君はバイクの後ろの座席をポンと叩いた。
え?また、乗っていいの?
なんという偶然。なぜかわたしは今日パンツスタイル。バイクに跨がれる格好をしている。
どうしちゃったんだろう。神様今日はなんのご褒美ですか?
「い、いいんですか?」
「いいよ。だって遠いじゃん」
「……夏の時みたいに?」
「あの時何度も乗ったから平気だろ?」
「へ、平気っていうか、だ、抱きつくように、なっちゃいますけど……」
「ああ、その方が怖くないんだっけ。別にいいけど」
顔が赤くなってるのが自分でも分かった。表情変わらないって言われてるけど、今はそれなりの顔になってると、思う。
「ありがとう。……ご好意に甘えます」
「じゃ、ヘルメット。はい」
ヘルメットを被り、顎紐を結んでもらうと、アロン君が支えている背の高いバイクによいしょと跨がる。目線が地面に立っているときよりも高い。この視線、懐かしい。
「し、失礼します」
そう言って、あの時やった架空の幼馴染みを思い出しつつ、そして幼馴染にかこつけて自分の想いを乗せてしまったあの時と同じように、腕をアロン君の胴に回し、体を寄せて密着した。
ああ、素敵。また抱きついちゃった。またこんなこと出来るなんて、夢みたい。
ヘルメット、じゃまだなあ。これ被ってると、頬擦りできないじゃないですか。
その時アロンには、ふわりと優しくまとわりつく腕と背中を覆う柔らかな感触に、夏のあの場面が脳裏に浮かんだ。
「え?! ユ、ユカリ?!」
いや、あの時は水着に上着を羽織ってるだけでもっと肌の接触が多かった。今の秋口の服装で同じように感じるはずがない。
でもアロンを背中から包み込む、心の中に入り込んでくるような想いの込められた感触は、あの時と重なった。
「え?! ユ、ユカリ?!」
ん? なんでわたしのお母さんの名前が出てくるの?
見上げると、アロン君がわたしの方を見て驚いたような表情をしていた。
ユカリ? あ、そっか。架空の幼馴染みの名前って、わたしがユカリって付けたんだっけ。
「わたし、裕美子です」
「ご、ごめん! な、なんか夏のあの時の感覚と被っちゃって……」
「架空の……幼馴染みとバイク乗った時の事?」
「ああ……。あれ、やっぱり小泉なんだな」
「ユカリが、よかったですか?」
「な、何言ってんだ」
アロン君は少し顔を赤くして言い淀んだ。わたしは少し心配になった。
アロン君は、嬉しいことにわたしの存在を意識してくれるようになったし、少し興味も持ってるみたい。だけどそれは、もしかして、あの夏にわたしが演技した架空の幼馴染み、ユカリに対してなんじゃないのかしら。アロン君は、わたしとユカリをだぶって見ているんじゃないのかしら。本当は架空の人に、興味を持ってるんじゃないの?……。
すっかり暗くなった片いなかの道をバイクで十数分。
あっという間にバイクはわたしのマンションの前に着いた。
「ここ?」
「はい。ここです」
「いいとこ住んでんな」
「そうですか?」
よいしょとバイクから降りる。ヘルメットを取って手渡した。
「ありがとうございます。おかげであっという間に帰り着きました」
合宿所から家まで、歩きだと1時間近くかかったかもしれない。
「どういたしまして。何階?」
アロン君はマンションを見上げながら質問した。
「5階です。……あそこが……お風呂場ですよ」
「な、なんで風呂場の場所教えるんだ?」
「場所わかったら覗くのかなっ? て。ユカリみたいのがいるかもしれないですよ?」
「それって髪が濡れた小泉のこと?」
「お母さんが正真正銘の由香里です」
「そ、そういやそうだったね」
わたしは首を傾げてやや上目遣いにアロン君を見上げた。
「……覗く? 暗闇に紛れて」
「だから覗かないって! だいたいあんな手すりもない垂直の壁にある窓にどうやって取りつくんだ?」
「無理ですか?」
「……屋上からロープ垂らして降りてくるとか? 見つかってすぐ捕まるよ」
「そう……。よかった。じゃあ覗かれる心配ないですね。安心してお風呂入れます」
「まったく……。ばれないようにしてくれよ」
「そうですね。二人の秘密ですものね」
すらすらと口から出た言葉に、後からわたしはとんでもないこと言ったと思って真っ赤になった。
二人の…………なんてこと言ってるんだわたしは!
なに恋人みたいなこと言ってるの?!
「小泉って……髪濡れたら性格変わるってことはないよな?」
「?。それって、ユカリみたいな性格に、ってことですか?」
「んなわけ、ね、ねーよな」
「……ないですね。あれは、演技ですよ」
「そ、そうだよな」
なんだか少し残念そうに見える。さっきの心配がまた蘇ってきた。
やっぱりアロン君が興味を抱いている人は、架空の幼馴染なんじゃないんの?わたしじゃなくて、わたしが演技した人に。
「ユカリが……好き、ですか?」
たまらず聞いてしまった。でももうその時のアロン君はさっきの残念そうにしていたのではなく、いつもの顔に戻っていた。
「実在しない人のこと想ってもなー」
そしてわたしを見る。
「あれ……ユカリの中の人の……こと?」
「!!」
な、なんてこと聞いてしまったんだ!
か、間接的にわたしのこと聞いたと思われるの、あたりまえだ!
「じょ、冗談はよしてください」
わたしは上目遣いで睨み返してしまった。うっとアロン君も思わず後ずさりしそうになる。
「お、お、お、送ってくれてありがとうございました。こ、これで失礼します」
恥ずかしくなったわたしは、ぺこっと大きくお辞儀をしてこの場を締め、マンションのエントランスへ足早に歩きだした。曲がり角でふと振り向くと、アロン君はまだこっちを見ていて、わたしが振り返ったのに気付くと軽く手を挙げた。わたしは足を止めることなく、でも体は脳みそから切り離されて自然に、彼に向けて小さく|微《かす》かに左右に揺れるように手を振った。
手を、振ってしまった!
ああっ!
もう小走りになってエレベーターに飛び乗った。
なに? もう、なんなの?!
好きで、好きでたまらない!
いけないのに。遠くから見てるだけにしなきゃいけないのに。深い仲になっちゃいけないのに。あんなに触れちゃ、いけなかったのに!
アロンも、誰もいなくなった玄関に向いたまま、ぼーっと突っ立っていた。
なんだろうか、この感覚は。
ユカリはいない。十分解っている。なのに、いないはずのユカリに期待しているかのようで……。
でも今さっき見たのは、あの無邪気に明るいユカリではない。
ユカリっぽさはほのかに残っているけど、もっと静かで大らかな時間の流れ。
今共にした空間・時間は何だったんだろう。
翌日。
学校に来たキャリーは、教室に入ると奥の自分の席には行かず、真っ先にカーラのところに行った。
肩に掛けているスポーツバッグのジッパーを開けると、筒状にした画用紙を出した。
「お待たせカーラ。遅れてごめん」
カーラは立ち上がってそれを受け取った。
「ありがとう! キャリーもご苦労様!」
カーラはその場で画用紙を広げた。
下が少し埋まったバスケットボール。とても丁寧に描いていた。そして得意というだけあってとても上手だった。
「わ、キャリー、上手いねえ」
「お世辞はよして」
「お世辞じゃないよ、影とかも付けて、本格的!」
一番後ろの席でその様子を見ていた裕美子も安堵した。そしてキャリーを気遣ったカーラにも感心した。
『やっぱりカーラさん、いい人だなぁ。全然嫌味のない素直な気持ちがストレートに出てきて』
裕美子の前の席のダーニャが立ち上がると、カーラとキャリーのところへ行った。
「描けた? おー、予想以上に描けてるぞ。それじゃ、周りわたし描き足しちゃっていい?」
「ごめんねダーニャ。あんたのところ奪っちゃって」
「そうだよっ。だから周りはわたしの思うがままだもんね」
ダーニャはすごい悪戯っ子な笑みをして、謝るキャリーに返答した。
「ダーニャ! キャリーの絵を潰しちゃったらだめだよ」
「いい、いい。ダーニャの好きにして」
「おまかせ~」
『ダーニャさんって、美女さんと全然雰囲気違う人だな。どうしてあの2人は仲良いんだろう』
何が気が合うのか分からないけど、ちょっときつくて近寄りがたいシャルロットとよく一緒にいるダーニャの一致点が見つけられない。
でもとにかくこれでC組の全員の作品が出揃った。後は最後の仕上げ、展示を残すのみ。
次回「第2部:第14章 幼なじみの正体ばれる(5):幼なじみの正体」へ続く!
前回のお話「第2部:第14章 幼なじみの正体ばれる(3):チャンスは2度もあげません」
対応する第1部のお話「第1部:第18章 校外展覧会絵画展(9):最後の1枚」
☆☆ 「片いなか・ハイスクール」目次 ☆☆
Copyright(c) 2009-2016 TSO All Rights Reserved
第1部の同シーン投稿から丸7年になります。
第1部の同シーンの裕美子ちゃん視点と、第1部でも書かれなかったアロン君の心の中でした。
あのときまさか裕美子ちゃんがこんなこと思いながらアロン君といたこと、第1部の短い文面からは想像出来ないですよね。
※片いなか・ハイスクール第2部は、第1部のエピソードを裏話なども交えながら本編のヒロイン裕美子の視点で振り返るものです。ぜひアロン目線の第1部のその部分と読み比べてみてください。「対応する第1部のお話」で飛ぶことができます。
ぽちっと応援してください。
にほんブログ村 |
にほんブログ村 |
にほんブログ村 |
☆☆ 災害時 安否確認 ☆☆
コメント 0